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東洋医学を学ぶ!鍼灸師の独り言

 鍼灸のすばらしさをすべての人へ! 
 
 そんな想いを一人でも多くの人に届ける為、そして自分自身がもっと鍼灸の良さを理解する為にこのブログを立ち上げました。
 鍼灸は全ての人が受ける価値のある医療だと思います。
 何故なら、病の人、不健康な人、そして健康な人も、すべての人に効果がある医療だからです。
 
 鍼灸は、医療を超えた医療なのです!!
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歴史に残る鍼灸師 24.米山 博久
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          鍼灸界には鍼灸治療を支え守ってきた数多くの歴史に残る先生方がいます。

      第24回は 米山 博久 先生です。
     
      ☆ 「経絡否定論」「脈診無要論」で業界に新風を巻き起こした革命児。

      ☆ 明治鍼灸専門学校の発起人となり鍼灸教育者として活躍する。

    読書 著書作品

     ☆ 現代針灸写真シリーズ 2 (2)

     ☆ 私の鍼灸治療学







      星  米山 博久 (よねやま ひろひさ)  星


     1915年  長野県飯田市生まれ

     1934年 鍼灸師免許所得

     1936年  大阪に出て東邦医学会に参加

     1939年  吹田市にて開業

     1946年  渡辺三郎博士の主催する刀根山鍼灸医学研究会に参加し、鍼灸の科学化のために研究を進める

     1952年  「医道の日本」に「経絡否定論」を発表して業界にその名を轟かせる

     1958年  明治鍼灸専門学校の発起人となる

     1960年  代田文誌氏らと日本針灸皮電研究会(現日本臨床鍼灸懇話会)を発足

     1966年  伝統医学の日本・中国交流のための訪中代表団として、丸山昌朗、倉島宗二らとともに中国に渡る

     1978年  大阪鍼灸専門学校設立発起人となり、学校長・理事を兼任する

     1985年  逝去 享年70歳


     「経絡否定論」で業界に新風を巻き起こした革命児

     「大真面目に診断を行っている人の気が知れない」・・・1952年に「医道の日本」2月号で発表した「経絡否定論」はそのタイトルに名前負けしない過激な内容で業界を騒然とさせた。

     その4年後には「脈診無要論」を発表し、経絡学派と科学派に分かれて約2年にもわたる大論争を引き起こした。ニョロピピピ

     脈診無要論を書いた心情については、無用を主張するのが真意ではなく、これを動機に六脈を客観性のある有用なものに発展させたい狙いがあったそうな・・・ムニョムニョ

     経絡論争自体は、結局結論が出されることなく終息するが、その後、1960年に日本針灸皮電研究会を発足させ、代田氏とともに内臓体壁反射学説の普及に努めるなど、この論争から現代医学的鍼灸こそ我が道であると再確認しさらに研究を進めることとなった。

     1958年に明治鍼灸専門学校の発起人となってからは鍼灸教育者として活躍する。

     「実際の臨床家を育てる」

     「開業鍼灸師が教えに行くことが大事」

     と常に言っていたそうです。
     そして、1978年大阪鍼灸専門学校を辞するまで4半世紀にわたり教壇に立ち続けた拍手
     現代医学を基本として高度な理論を分かりやすく教えた授業は学生に人気が高かったそうです。

     国家試験に目標をおくことよりも、教師の自由な発想に基づく人間性の教育こそ大切であるというのが口癖だった。

     筆が立つことでも知られており、「医道の日本」にも主な小論や記事だけでも50以上残している。

     生前繰り返し言っていた言葉がある。

     その言葉は治療者として研究者としてまた教育者として鍼灸界で活躍した行動原理そのものなのかもしれない。ポッ


     開業の鍼灸師というものは、誰に対するときも学問的にも人間的に開かれた医療人として堂々としなければならない


           鍼灸界の偉人伝  目次はこちら

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      引用文献  医道の日本 2004.12 P8.9



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