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東洋医学を学ぶ!鍼灸師の独り言

 鍼灸のすばらしさをすべての人へ! 
 
 そんな想いを一人でも多くの人に届ける為、そして自分自身がもっと鍼灸の良さを理解する為にこのブログを立ち上げました。
 鍼灸は全ての人が受ける価値のある医療だと思います。
 何故なら、病の人、不健康な人、そして健康な人も、すべての人に効果がある医療だからです。
 
 鍼灸は、医療を超えた医療なのです!!
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歴史に残る鍼灸師 21.石川 太刀雄
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         鍼灸界には鍼灸治療を支え守ってきた数多くの歴史に残る先生方がいます。

      第21回は 石川 太刀雄 先生です。
     
     ☆ 東洋医学・鍼灸の客観化、科学化を唱え続けた。

     ☆ 代田文誌らの協力を得て、皮電計(内臓と関連して皮膚表面に現れる皮電点を測定する計器)を開発。

       ☆  石川 太刀雄 (いしかわ たちお)  ☆

      1908年  富山県新湊市で生まれる

      1931年  京都帝国大学医学部卒業
             同大学病理学の権威で生体染色法を発見した清野謙次教授に師事

      1943年  金沢医科大学(現・金沢大学医学部)教授

      1968年  金沢大学がん研究所所長
               日本針灸皮電研究会を創設
               日本針灸学会副会長や
               第16回日本細胞化学会会長
               第18回日本東洋医学会会頭なども務める
     
      1973年  金沢大学を定年退官後、東洋医学研究所を設立しようとしていた10月に、心筋梗塞後のストレス潰瘍からの大量出血のために死去 享年65歳



     唱え続けた東洋医学・鍼灸の客観化、科学化

     
     「興味深く独創的な発想の持ち主で、清濁併せ呑むスケールの大きさを持っていた。鍼灸の研究も片手間などではなく、専門のがん研究と同じくらいエネルギーを注がれていた。」

     先生は、GHQに鍼灸の存続を訴えた石川日出鶴丸博士(京都帝国大学名誉教授)の長男として生まれた。日出鶴丸博士が生理学を専門にしていたことから、京都帝国大学で病理学を修め、日出鶴丸博士が唱えた求心性神経二重支配則に病理形態的基礎を与えようとした

     師事していた病理学の清野謙次教授が血管内側を調べて細胞内皮系統を発見したので、先生は血管の外側、特に血管の分岐点を研究し、分岐点には内分泌細胞があると提唱されました。

     これが広汎性内分泌学説で、後に化学的感受体系統になります。先生はこの化学的感受体系統の皮膚にあるのもがツボであると考えて研究されたのです。
     ただこれは組織化学的に調べたことだったので、これが本当に重要なものかどうかを調べるため後に発生学的な研究も始められます。

     つまりこの発生学的な研究ががんの研究につながり、また鍼灸の臨床を研究するきっかけともなった。先生は代田文誌らの協力を得て、皮電計(内臓と関連して皮膚表面に現れる皮電点を測定する計器)を開発して、ありとあらゆる疾患を調査。

     「皮電系ではどのくらいその疾患が悪いか分からない」という批判が出れば、大型定量皮電計を開発し、それをさらに一歩進め、電気を用いずにポンテンシャル法を用いて体表を研究しようとした。

     先生の口癖は、「客観化・科学化」とにかくデータを出さないとだめだと言っていた。それに東洋的な知恵と生命らしさを強調していた。

     1972年にNASAの生命研究のグループが鍼灸の視察に日本に訪れましたが、どこに行っても満足した話は聞けなかったそうです。
     しかし、先生だけは別でした。あまりに先生の話が興味深いために、彼らは飛行機に乗り遅れ、民間機をチャーターして帰ったくらいでした。びっくり

     現在でこそEBMや鍼灸の科学化が叫ばれているが、先生はこれを30年以上も前に唱えていた。先生の死後、周りが理解できなかった・時代を先取りしすぎたと代田文誌や米山博久らが悔やんだというのも無理はなかった。ポロリ
     
     父・日出鶴丸博士の偉業を引き継ぎ、それを発展させた。ともに国立大学の教授という立場でありながら、父子二代にわたって鍼灸の研究に心血を注いだ。 拍手拍手拍手
     
     先生のように、大学の病理学教授でありながら、自ら進んで鍼灸師なる私について学ぼうとされた、其の敬虔なる態度に、ただただ頭が下がるばかりである。先生は、私の体得した東洋医学を人間文化財と見ていられたのである。そして、それを客観化しようとされた。真理の前には、すべてを投げ打って謙虚にぬかずく真の学者を、私は先生に見たのである

     と代田文誌先生は追悼文の中で綴っている。



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      引用文献  医道の日本 2004.9 P8.9


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