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東洋医学を学ぶ!鍼灸師の独り言

 鍼灸のすばらしさをすべての人へ! 
 
 そんな想いを一人でも多くの人に届ける為、そして自分自身がもっと鍼灸の良さを理解する為にこのブログを立ち上げました。
 鍼灸は全ての人が受ける価値のある医療だと思います。
 何故なら、病の人、不健康な人、そして健康な人も、すべての人に効果がある医療だからです。
 
 鍼灸は、医療を超えた医療なのです!!
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歴史に残る鍼灸師 17.中谷 義雄
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        鍼灸界には鍼灸治療を支え守ってきた数多くの歴史に残る先生方がいます。

      第17回は 中谷 義雄 先生です。
     
     ☆ 刺激物理療法として医療の一分野にしっかりと位置づけられている良導絡を発見。

     ☆ 良導絡を普及するために世界を股にかけて活躍した。


     読書 著書作品

     ☆ 爽快ツボ刺激法―医者ぎらいの人のために

     ☆ 良導絡療法 基礎と臨床

     ☆ 良導絡自律神経調整療法の手引き

     ☆ 良導絡治療で健康をとりもどせ くびのシコリが万病のもと―ツボ療法
     中谷 義雄 (なかたに・よしお)

     1923年8月19日 大阪市西成区で生まれる

     1941年  大阪浪速中学校卒業

     1945年  岩手医学専門学校卒業

     1946年  医院を開業

     1950年  良導絡を発見

     1954年  京都大学生理学教室入室 京都大学鍼灸談話会を設立

     1957年  京都大学笹川久吾教授指導のもとに「皮膚通電抵抗と良導絡」を提出 京大より学位を授与

     1961年  良導絡医学会を設立 副会長となる
            日本良導絡自律神経学会副会長(医師会)
            日本鍼灸良導絡医学会名誉会長(鍼灸師会)
            全国の医師会、鍼灸師会主催、後援会等により各地で良導絡の講演会を開催(延べ3万名の医師が参加)

     1966年  大阪医科大学麻酔科ペインクリニック(東洋医学担当)非常勤講師
            大阪関西鍼灸柔整専門学校生理学講師

     1972年  良導絡医療ジャーナル、旬刊新聞を発行

     1973年  国際疼痛学会に招待され、良導絡を紹介

     1974年  ソ連より来日した医師団に良導絡を指導、以後ソ連の医学教科書に良導絡が記載される

     1978年  膀胱癌のために死去


     鍼治療科学化の第一人者

     鍼のエビデンスが盛んに叫ばれる昨今。今から60年前に経絡・経穴、そして鍼治療を科学的に証明することを一生の課題とした青年医がいた。
     良導絡は、鍼治療を科学化する研究の過程で生まれた治療法である。


     中学時代、英語が大嫌いで、英語を全く勉強せず、たまたまいたドイツ語の先生からただ一人ドイツ語を習った。そのため、医学専門学校への受験は英語ではなくドイツ語で受験できる岩手医学専門学校を受け、入学。

     日常一番多い疾患である風邪を完全に治せる「あかひげ」のような名やぶ医者を目指し、風邪に関する文献を探しているときに、ちょっと立ち寄った古本屋出合ったのが、100項にわたる「傷寒論」だった。この本に目が釘付けになった。それが、東洋医学との出会いである。これ以後、漢方の古書を一日10冊をノルマにして読みあさった。

     卒業して翌年開業。先生は経絡・経穴を科学的に証明する方法はないものか・・・と日々の臨床の中で考えていた。
     そんな折、とあるデパートの健康食品展で皮膚の電気抵抗を使った測定器目にする。
     背部脊柱の両測を双極メーターでなぞり、反応の出ているところでメーターが左右に振れる電気抵抗の測定器。こればヒントとなり、経穴・経絡の科学的分析への道を邁進する。

     そして、1950年、腎盂炎(ネフローゼ型)の患者の電気抵抗を調べたところ、腎経の形に電気の通りやすい筋(スジ)を発見。その後も肺経、心経、腎経などを調べ、古典の経絡に電気が通りやすい筋が相以していることを見つけていった。

     先生は寝ても覚めても良導絡だった。医院で一日60人の患者を診ながらデータをとり研究を続けた。自分でテープに銀の粒を貼り銀粒も作った。臨床にそった研究の中から良導絡という新しい治療体型ができあがっていった。

     平日は医院と研究、その他に大学や鍼灸専門学校の非常勤講師もつとめ、そして日曜日には講習会を開き、普及活動にあたった。そうした地道な活動が実を結び、良導絡は徐々に鍼灸界、医師界に普及。
     1970年にはテレビや新聞、雑誌にも多く取り上げられ、一躍脚光を浴びる。6年間の講習会数は400回を優に超している。国内はもちろん海外での講習も数多く、世界を股にかけ活動をしていた。また執筆活動にも力を入れ、学会誌を始め、多くの書籍を残している。

     独創的な思考力と人一倍の実行力、そして根気、新しい治療法はそこから生まれ、広がった。

     温厚で明るく、人をそらさない話術の持ち主でもあった。とにかく話題も豊富で、あれだけ忙しい人にもかかわらず、はやりの本から三面記事まで何でも知っていた。講義も本業以外に、性理学まで教えていた。人を笑わせることが大好きな偉大な人だった。

     その後も精力的に活動するが、1979年、膀胱癌で享年54歳で幕を閉じる。癌の症状に気づきながら、それでも講演活動をやめなかった。

     嵐のように鍼灸界を駆け抜けていったが、良導絡は現在、刺激物理療法として医療の一分野にしっかりと位置づけられている。


          鍼灸界の偉人伝  目次はこちら

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      引用文献  医道の日本 2004.5 P8.9

     
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